こんにちは。
まめちゃん(@mame_chang)です。
韓国で2人の子供たちを日韓バイリンガルにしようと毎日奮闘しています。
韓国人のシオモニ(義母)とシアボジ(義父)、会話はいつももちろん韓国語。結婚してまもないころ、シオモニが実は日本生まれということを知りました🇯🇵
と思いましたが、その話をしているとシアボジもすかさず、自分も日本生まれだと教えてくれました^^; あ、ちなみに、シオモニとシアボジが生まれた都市はバラバラです。
シオモニもシアボジも、ご両親のお仕事で日本に家族で住んでいたそうです。そしてシオモニは韓国が日本の植民地だったころ、日本に家族で住んでいて小学校に入る前あたりに韓国に戻ってきたらしいです。
今回は、そんな韓国の義両親の「日本語」について書いてみたいと思います。
実は多少日本語がわかる韓国の義両親
結婚してから知った義両親は日本生まれだという事実。
と、思いました。しかし、その当時は韓国で日本語をしゃべると周りからの目もあって👀
しゃべらないようにしているうちに、しゃべれなくなったらしいです!(◎_◎;)
やっぱり言語というものは、使わないと忘れていくもののようです。
ところが・・・単語や表現はまだまだ聞き取れるものもあるみたいです。例えば、私が子供に日本語で話してる時に
とか
とか
言うと、わかるのだとか。
あとは、「イチ、ニ、サン・・・」のような数字も日本語でとりあえず10までは言えるそうです。
しかし、聞いてわかっても自分で文を作ってしゃべることはできないそうです。
50年ぶりの日本語
私が夫や子供と話してる日本語をきいて、シオモニが聞き取ってることは、なんとも思いません。なぜなら、別に悪口をいってるわけでもないし聞き取られて困る話を目の前でしてるわけでもないからです。
なので、堂々と日本語で夫や子どもたちと会話をしています。でも、私が驚いたのはそうやって韓国に戻ってきてから約50年経ったら息子が日本人と結婚することになってそれでまた、日本語を聞く機会が増えて、そしてそれがきっかけで
子供の時に覚えた言葉を、約50年間たっても聞けば思い出すのって・・・
すごいですね~ 👏👏👏! びっくりです。50年の間、眠っていた日本語の「聞いて理解する」という能力は、どうやってよみがえってきたのでしょうか。謎です。
義両親の話から思い出すこと
そういえば、子供の時に親の仕事の都合で海外で生活した人が、その後、日本に帰ったら現地で覚えた外国語をだんだん忘れてしまいしゃべれないけど、聞いたらわかる・・・という話を聞いたことがあります。
しゃべれないけど、聞いたらわかる......。
人は言葉を一般的に、次のようなプロセスを経て覚えます。
・インプット
↓
・インテイク
↓
・アウトプット
つまり、たくさん見たり聞いたりしてその言語をインプットし、自分のものとしてからしゃべったり書いたりとアウトプットに繋げるのです。50年たって日本語を聞いたら分かるけど、しゃべれないということは、この3つのステップをさかのぼってしまい、
インプットの段階に戻っているということなのでしょうか...。 謎です。そして、人間の脳のつくりってってどうなってるんでしょうね~🌺
不思議です ヽ(;▽;)ノ
まとめ
今回は、結婚してから実は義両親が日本生まれで日本で幼少時代を過ごした経験があると知り、ビックリしたこと、さらにその後50年間まったく日本語を使っていなかったのに、私という日本人の嫁がくることになりまた日本語に触れるようになったこと、そして、いまでは日本語はしゃべれないけど聞いたら多少はわかるということについて書きました。
人間の脳って本当に不思議ですね。50年間、日本語は頭の中のどこにあったのだろう...? 記憶のかなたにあるものを、どうやって手繰り寄せることができるのだろう...? など、疑問が尽きません。
次回は、このシオモニが昔はしゃべれたけど今はしゃべれない日本語、今では聞いたら意味はわかるというのは、何が関わっているんだろう?!
ということについて書いてみようと思います。書きました~。↓↓
参考記事
note(https://note.mu/mame_chang/n/n147a639a7d0a)より加筆・修正の上転載。現在こちらに引越し中~♪